仙台高等裁判所 昭和35年(ラ)30号 決定 1960年6月15日
抗告人 阿部ヨエ
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の理由は別紙抗告の理由と題する書面記載のとおりである。
先ず抗告人は、その名が出生届出にあたり、「りえ」とすべきものを誤まつて「ヨエ」とされたというけれども、右届出後既に約四〇年を経過した現在、これをもつて特に名を変更すべき事由となすことは妥当といい難く、通名「りえ」を用いているからといつて直ちにその名の変更が許可されなければならないものでもない。
また郵便物が「ヨエ」、「りえ」いずれの宛名でも抗告人に配達されていることは、抗告人自ら原審家事審判官に対して述べていることが明らかであるから、宛名を「阿部ヨエ」とした郵便物が抗告人に配達されなかつたのは特殊の例外とみるのが相当である。なお「ヨエ」という名は特に珍奇なものと認め難く、「ヨエ」を「ヨイ」と誤記されることがあるとしても、これ等の事実は未だ以て抗告人の社会生活上支障があり苦痛を受けるものであるとは認め難い。
抗告人が日常通名の「りえ」を用いることはもとよりその自由であるけれども、以上の事実関係その他諸般の事情を勘案しても抗告人がその名を変更するについて正当の事由あることはこれを認めるに困難である。その他原決定に違法あることは認められないから本件抗告はその理由がなく棄却すべきものとする。
(裁判長裁判官 鳥羽久五郎 裁判官 畠沢喜一 裁判官 桑原宗朝)
参照
抗告の理由
(一) 右抗告人の名阿部ヨエは「りえ」と名づけるべきものをその出生届出にあたり誤つて「ヨエ」としたもので戸籍にもそのとおり記載されました。しかしながらこれは届書記載に錯誤を生じたものであるからもちろん通称としての名は「りえ」を用いています。従つて名の変更申立は改名でなくいわば戸籍の訂正であつて当然許可されなければならない。
(二) 申立理由に社会生活上においても多少の支障あることを申しのべたが審判書によれば申立理由なきを以て却下するとあるが、昭和三五年三月一七日盛岡家庭裁判所遠野支部から「阿部ヨエ」宛とした書留郵便が受取人あて所尋ね当らないとして申立人に不送達になつている。特殊郵便物でさえこのような支障を生じている。まして普通郵便物等においては受取人不明として差出人に返送された事実も相当数ある。
また申立人が昭和三四年一一月二日岩手県立○○病院で診察を受けるため戸籍に記載されている名を記入した共済組合員証を提示して診察券をもとめたところ名前を「阿部ヨイ」と誤記された。これは「ヨエ」という名に珍奇なものであるから各種の受付けにおいてしばしばこのような誤りがあり多大の苦痛を受けている。
(三) 釜石警察署の調査結果によつてのみ却下されているが調査方法にも疑問があるし調査が正しいものであれば理由(二)のような事故は起らない。
(四) 通称として「りえ」を用いていることの真偽については地区民生委員がこれを証明している。
右の理由によつて明らかとなり名の変更申立は正しいものであり審判の事実認定に誤りがあることを抗議するものである。